筑後川の氾濫
日田を流れる筑後川は三隈川と呼ばれ、三隈は日隈・月隈・星隈の3つを指します。天体の名前がついた3つの丘を三隈とまとめるのは自然なことですが、もし古代から三隈川と呼んでいたとするなら、その3つは川に近い位置にある隈山・星隈・日隈だった可能性も考えられます。
日田には川の氾濫で洪水を繰り返してきた歴史があります。内陸の盆地では、水を他に排出するという古代からある治水方法をとることはできません。現在も残る、洪水によってもたらされた堆積土砂の存在から、古代日田においての治水は絶望的に困難だったことが窺えます。
特に隈山付近は大きな洪水被害が出る地域で、古代にあえてこの地に隈山を造ったのは、川が氾濫しないよう祈る宗教儀式を行うためもあったのかもしれません。
大雨が降って川の水位が上がり始めると、祈祷師たちは隈に登り昼夜徹して祈り続けたのでしょうか。その場合はもちろん、頂上には屋根のある神殿があったと思われます。
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